2014年4月7日月曜日

Between Parent and Child 子どもの話にどんな返事をしてますか まとめ


人間にとって幼少の頃の経験はその後の人格を形成する上で非常に大切であるのは皆知っているが、では親や親となる人たちは具体的な考え方を持っているだろうか。

日々慣れたり覚えたりしていくとしても、その間に子ども達の貴重な時間は過ぎていく。事前に知る事ができることはできないだろうか。

本書では専門家が子育てをする上での具体的な言葉や行動を紹介している。

子どもの感情に文句をつけない

子どもたちは強い感情に突き動かされている時には誰の言葉も耳に入らない。振舞いを改善させるにはまず感情をどうにかしてやらなくてはならない。

非難や称賛が可能なのは行為のみ。子どもの感じている感情には非難も称賛も行わなわずに認める。

『気分がよくないんだな。それで水が冷めたそうに思えるんだ。今日はプールに飛び込む気がしないだろう』

ほめる対象は子どもの努力や成果であって、性格や人格ではない

子どもは評価を下す称賛のプレッシャーから自由でなくてはならない。さもないと子供は他者からの承認を必要とする存在になってしまう。

ほめ言葉は、子供の人格の歪曲されたイメージではなく、子どもが現実的に成し遂げたことを反映させなくてはならない。

ほめることは、大人が子どもにいうことと、子どもがそれを聞いて自分自身にいうことの二つの側面がある。

親が子どもの何を評価しているのか具体的に述べ、子どもがそれを聞いて肯定的な自己を作り上げる。

× 『あなたはほんとうに正直な子ね』

○ 『あなたにお金を払いすぎたことを教えてくれてありがとう』

怒りの示し方

関心があれば怒りを完全に避けることはできない。子どもには忍耐にも限界があることを知らせる必要があるし、理解できる。怒るのが必要な瞬間に怒らないのは子どもに無関心であることが伝わる。

子どもたちが親に求めているのは感情と一致する反応である。親のほんとうの感情をあらわす言葉を子どもたちは聞きたがっている。

親も自分の気持ちに素直になろう。わたしたちが説明を一切くわえずに自分の感情を述べただけでも、子どもの無作法な振舞いをやめさせることができる。

怒っているときには愛する気持ちになれないことを自分に許せる親だけが、防衛的にならずに子どもの非難に答えられる。怒った口調で愛を表現しても、子どもは愛されていると感じない。

『いまは愛について話すときじゃないわ。なぜ私が怒っているかを話すときなの』

事実を指摘する

すでに答えがわかっている質問をするのは良い考えとはいえない。

× 『私が頼んだとおり部屋を掃除したの』

○ 『部屋の掃除はまだね』

× 『あなた今日学校にいったの』

○ 『今日、学校をさぼったって聞いたわよ』

子どもにとって『どうして』は親の不承認、失望、不満を表す。

責任感

親のお手本は子どもが学ぶための好ましい態度や環境を生むが、子どもが親に学んだことを自分で確かめ身につけていくのは、具体的な経験を通してである。成熟度に応じて具体的な責任を子どもに負わせることが重要になる。

色々な物事で子どもに選択を任せ、できるだけ自主性を身に付けさせる。特に子どもの責任の範囲内に完全におさまることについては、子どもに選択権をもたせる。

一方で専ら親の責任の範囲内におさまるものもあるので、そのような物事については親がいくつか選択しを示してから子どもに選ばせる。この二つの責任領域を明確に区別すること。

× 『朝食に何が食べたい』

○ 『卵はスクランブルにする? 目玉焼きにする?』

このような質問から子どもは自分の人生を形づくる決定に参加しているという感覚を得る。親から『わたしたちが多くの選択肢を用意するからあとはあなたが自分の責任で選びなさい』という鮮明なメッセージを受け取る。

子どもの行動が目に余るものでないかぎり、子どもの選択をとやかく言わずに子どもの好みを観察してみる。子どもの決断能力を信じていることを示す言葉をかけること。

『あなたはそのほうがいいと思うのね』

『それは完全にあなたの選択よ』

しつけは願望、感情、行動を区別すること

子どもは自分の感情には責任をもてないが、自分のふるまいにだけは責任をもてる。行動には制限を課すが、願望や感情は規制しないこと。

× 『あなた、何しているの? 壁を汚しちゃいけないことくらいわかっているでしょ?ほんとうにどうしようもない子ね』

○ 『だめよ、壁は絵を描くところじゃないの。絵は紙に描くのよ。ほら、紙を三枚あげるわ』

子どもたちは許される行為と許されない行為をはっきり決めてもらう必要がある。許される行為の境界を知っていると安心する。

制限を課すときは、本気であることが伝わるように毅然と言い渡すこと。また具体的な出来事を扱うべきであって、子どもの性格をとやく言うべきではない。

限界は客観的な言葉で、簡潔に述べると、限界は案外聞き入れられやすい。

× 『あなたはまだ小さいんだから、こんなに夜遅くまでおきてちゃいけないの。寝なさい』

○ 『寝る時間よ』

× 『今日はたっぷりTVを見たでしょ。消しなさい』

○ 『今日のTVの時間はおしまい』

物の機能を指摘して限界を示すのも受け入れやすい。

× 『椅子の上に立ってちゃだめ』

○ 『椅子は立つためじゃなく、座るためにあるのよ』

親は思いやりはあるが厳しい大人の役割を通す必要がある。理屈をこねたり、しゃべりすぎたりしてはならない。

年齢や性別の違いについて

年齢の異なる子どもたちを同様に扱うのは勧められない。むしろ年齢は新しい特権や責任をもたらすべきだ。そうすれば全ての子どもが自分の成長を楽しみにするようになる。

公平ではなく、それぞれ独自に愛すこと。

子どもの不安について

子どもの最大の恐怖は、親に愛されず、捨てられるという恐怖である。冗談半分でも、怒ってでも、子どもを捨てることを匂わせてはならない。

子どもがどんな考えを抱いても親の愛を失う危険がないことを知るのは、大きな安心である。もし同意できない点があるなら『おまえそう思うだろうが、私は違ったように思うんだ。私たちの感じ方は違っているんだよ』といえば良い。

親が子どもに対してやれる一番の助けは忍耐強く待つことだ。効率性は幼児の敵である。

『上着を着るのは楽じゃないのよ』

『瓶のフタはなかなかあきにくいの』

このようなコメントは子どもが努力に成功しても失敗しても助けになる。成功したときは難しい作業を征服したことを知って満足する。失敗しときは、その作業が難しい事を親が知っているということで慰められる。

感想

表面に出てくる言葉はちょっとした違いだが子どもに与える影響は大きい。言われてみるとそうかと納得するが、恐らくこれらの実践は簡単ではないのだろう。逆に言えば知識そのものは世の中に多いのでとりあえず一つの意見としてくらいでも良いから読んでおくのも良いのだろう。

**人は勤務時間を多く見積もりすぎる傾向がある

研究によると人は勤務時間を実際の10%増しで見積もれう傾向にある。しかも社会的にステータスが高い人ほどそれは顕著になるという。問題なのは健康に影響を及ぼすのは実際の勤務時間よりも本人が感じている勤務時間という部分である。一度記録を付けてみると本来の勤務時間が解るだろう。

**台湾の抗議デモ

中国との貿易協定をめぐって日曜日に大規模なデモが台北の中心で行われた。50万人を超す動因となり2008年以来の大規模なデモとなった。参加者は今回のデモの象徴のひまわりと黒シャツを用意し参加した。立法府を占拠している学生は協定の取り消しと、将来にわたる中国との政治協定を監視する機関の背何時率を求めている。

**温暖化で意見が分かれる

温暖化に対する研究を行ってきた英国のサセックス大学のRichard TolはIPCCのレポートから自分の名前を削るように共同研究者に求めた。IPCCのレポートはあまりにも警告主義だし、気象変更に対する人間の脆弱性について馬鹿げた記述があるとしている。

**脅かされるホワイトカラー職

ホワイトカラー職がコンピュータに取って代わられるかもしれない。研究者によると米国の47%の仕事が潜在的なリスクに遭っているいるという。

3年前にクイズ番組でコンピュータが優勝したが、今後ますます自然言語を理解するコンピュータが増えるだろう。iPhoneのSiriなどはその前触れだ。

シナリオとしては2つ考えられる。1つはコンピュータが退屈な作業を肩代わりしてくれ、人間はより生産的な活動に時間を使えるようになる。2つ目は大部分の仕事をコンピュータが行ってしまうことだ。

法律や医療といった高給取りの仕事も例外ではない。最新情報についていくのはコンピュータの方が得意である。ネットの記事などは既にコンピュータが自動的書いているところもある。

昨今の企業は大量にデータを集めているものの、人間では1日にレポートを1つや2つしか作れない。コンピュータならばこれを自動的に行え顧客に配信するできる。

1910年からの農家の自動化により、農業従事者の割合を90%から2%へ減少させた。果たして人間の職はなくなるのだろうか?歴史を紐解くと新しい職は必ず作られているが、その変遷は必ずしも整然としたものではなかった。