2013年8月10日土曜日

なぜ古典を読むのか イタロ・カルヴィーノ


今年は岩波を中心に読むと決めているので、古典を読む意義を知っておくのも良いかなと思い手に取りました。

著者はイタリアの国民的作家でもありエイナウディ出版社の編集長でもあったイタロ・カルヴィーノ(1923~1985)。本書で取り上げられている文章の多くも同社の本の「まえがきと」として書かれたものだそうです。訳は須賀敦子です。

第1章に14項に分けて古典文学の定義や意義が書いてあったので簡単にまとめてみます。

**古典とは

忘れられないものというよりも、記憶の壁で集団or個人の無意識となり底流で影響するもの。よって大人になってからでも若い頃に読んだ本の中で最も重要なものを、人生のあるある時期にもう一度読んでみることが必要。

古典はいつまでも意味の伝達を止めることがない本。読み返すごとに発見がある。その意味では最初から読み返しているとも言える。

古典とは私たちが読む前にこれを読んだ人たちの足跡をとどめて私たちに届く本であり、背後にはこれらの本が通り抜けてきたある文化、あるいは複数の文化の足跡をとどいている。

自分だけの古典とは、自分が無関心でいられない本であり、その本の論旨に、もしかすると賛成できないからこそ、自分自身を定義するために有用な本かもしれない。

古典を壮年や老年になってから読むのは若い頃に読むのとは異なった種類の愉しみがある。

**古典は何の役に立つのか?

私たちがどういう人間であるか、どこまで来ているのか知るため。自国の文学を読むのはそのためであり、外国の文学を読むのは比べるため。しかし同時に役立つから読むわけではない。読まないより、読んだほうがいいからでもある。


**読後

解説の池澤夏樹がタイトルは「なぜこの全集を読むのか」でも良かったと述べていますが、良い指摘であると思います。

取り上げられている本は31冊に渡り、私の場合はほとんど実際に読んだことなく知らない作家も多かったですが、読んでいると色々刺激され確かに読んでみたくなります。

そういった気持ちにさせらるのも「なぜこの全集を読むのか」というものを読んでいると思えばなるほどそういう類のものなんだなと。これを読んだあとにすぐに本文にとりかかれると想像すると確かに面白いだろうと思います。

またこういって紹介されている本を読んでいると、それぞれの作品や作家の立ち位置が解ってくるのも嬉しいところ。こういった歴史性や意義を知ることもまた読んでみたいと気持ちにさせられます。現代で言えばキュレーターといったところでしょうか。

今回はまだまだ意味の解らないところも多かったですが、取り上げられている本を一読した後に再読したときにどのような発見があるのか。そういった楽しみが生まれた本になりました。


**英、1972年以来の出生数

2012年は813200人の新生児が生まれた。学校などは数が足りず2014年の9月までに256000人分用意しなければならないようだ。出生数の向上の2/3は主に移民によるものであり、残りは高齢出産と低所得者層への政府の補助によるものだという。イギリス人女性は1.9人、移民女性は2.2人を産むという。

**オランダ、緊縮財政に不満強まる

対GDP比3%内に財政赤字を抑えるというルールを守るため60億ユーロの緊縮プランを予定しているが、これに対して労働組合が反対の姿勢を打ち出している。緊縮財政を進める与党は支持率が低迷し、これに変わり極右や社会主義が支持率を伸ばしている。オランダでは景気後退が続いている。

**ブラジル、IMFにギリシャ支援の見直しを促す

ブラジルのIMF理事のBatistaはギリシャは究極的にはその義務を果たせない可能性があるとし、IMFのギ楽観的なリシャ支援案に反対している。次回のギリシャ支援は18億ユーロが予定されている。