2013/10/16

主戦か講和か(4) 43年9月 早期講和派の外部への接触 イタリア降伏


大陸打通作戦は44年4月から開始された。動員された兵力は50万人。同時期に行われたインパール作戦はインド北東部を通る援蒋ルートの遮断を目的とし、44年3月から10万人の兵力を動員し、ビルマ方面からインド方面へと侵攻した。

この作戦は陸軍中央でも反対意見が多かった。作戦課の戦力班長であった高山信武は、そんな兵備があったら太平洋方面へ回すべきだと訴えたが、服部は持ち前の穏やかさでもって高山を諭した。発言をみると積極的にインパール作戦を支持しているようにみれないが、内剛外柔といわれる服部の他人に対する処し方で、心のうちはインパール作戦の実施で固まっていたと見える。

当時の陸軍でまともに作戦能力があり、連合国側に打撃を与えられるのは支那派遣軍が群を抜いていた。しかしこの作戦により、戦力は分散し太平洋方面の防備が進まない状況を作り出した。例えばサイパンに配備予定であった第十三師団は中国大陸にまわされ、にわか作りの第四十三師団が配備されることになった。

大陸打通作戦は太平洋における劣勢を大陸で補おうという狙いがあり、服部が42年の段階で熱心に推進していた中国での大攻勢論が2年後に実施されたものといってよい。服部が大陸打通作戦やインパール作戦を強行したのは、ラバウルに出張し情報収集をした結果44年末まではその方面が持久が可能と判断したという事情もあるが、陸軍内に出現しはじめた早期講和派への示威行動として実施された背景もある。

参謀本部戦争指導課は43年3月に三国同盟疑問派として出発し、9月に早期講和派に変貌を遂げたが、この派閥には陸軍内では少数派という弱点がある一方で、陸軍外にも人脈が広がっていたという強みがあった。戦争指導という立場から陸軍省はもとより、海軍、外務、その他方面と密接な関係を持っていた。事実、松谷は早期終戦の説得工作を行いながら、陸軍外の組織と連携する方法を選択し、主戦派を孤立させようとした。

松谷の部外工作は、重光外務大臣および外務省との接触からはじまった。43年9月13日に松谷は重光大臣を訪問しているが、この時期はイタリアが降伏し、大本営・政府間であらたな戦争指導大綱のすり合わせが行われている時期だった。

また43年の秋頃から、重光の部下の加藤に加え、木戸幸一内大臣の補佐役であった松平康昌内大臣秘書官と戦局についての情報交換を行うようになった。後者は宮中に繋がるラインと考えてよい。なお松平は幕末の松平春獄の孫である。

松谷は44年春において、重光と参謀総長の杉山を腹蔵なく懇談させ、戦争指導会議における終戦研究の根底を作成しようとしたが、44年2月に東条が参謀総長を兼任することになったため、早期講和派の活動は一時下火になった。これは東条による反対派封じとのための部内引き締めであったといえる。

早期講和派で、松谷と並んで中心的役割を果たしたのが、参謀本部付の酒井高次予備役陸軍中将だった。酒井は著名な戦史研究家、毒舌家であり、もともと満州事変や日中戦争、太平洋戦争にも反対で東条とは不仲であった。

42年8月に酒井は近衛を訪問し、三国同盟が原因となってアメリカと戦争になったのだから、三国同盟を結んだ張本人の近衛が責任を持って終戦工作を行うべきだと主張した。しかしこのような秘密会合は、東条の影響下にあった憲兵の監視対象にあった。

また当時、東条内閣打倒工作に従事し、隠れ早期講和派の一人ともいえたのが細川護貞である。細川は熊本藩主の家柄で細川藤孝から数えて17代目にあたる。近衛内閣で首相秘書官を務め、妻は近衛文麿の娘である。

その細川は酒井に早期終戦についての助言をもとめて接触しはじめる。43年11月、酒井は細川などを介して、近衛、高松宮といった重臣、皇族らの東条内閣打倒や終戦工作支援のために本格的に活動し始めた。この頃、細川らは天皇の信頼を受けた東条の排斥活動に苦慮していた。

東条は2.26事件後に天皇が抱えている対陸軍不信感の払拭に努めていた。その方法は陸軍に関する問題を細大なく、研究課題の要旨、次に中間報告、最後に成案という具合だった。このまじめな上奏攻勢が首相になってからも天皇の厚い信頼を勝ち取る要因になった。

酒井と細川が最初にあったのは43年11月10日であったが、最初から如何に上手く負けるであった。

**コモディティファンドの苦戦

コモディティファンドのパフォーマンスを示すHFRIは2011年は-2.56%、2012年は-2.57%、2013年は10月までに-3.08%を記録している。資金も2011年には25億ドル流入していたが、2012年には10億ドルの、2013年は10月までに3億ドルの流出となっている。背景には大きなトレンドが無いことに起因し、これは2007年から2010年のブームの後にやってきている。しかしリターンをあげているファンドもあることから、トレード手法に起因するものでマーケットによるものでは無いとの見方もある。

by no means 決して~でない

**メインストリームから外れている家族経営

家族経営のビジネスは米国のビジネススクールとの関係性が薄い。アメリカ人は皆自分を起業家だと思っている文化があるが、その配置は間違っている。米国の起業のうち77%は家族経営によるものであり、人的資源や社会的ネットワークの面で利点があるとしている。しかし学校や学校外、エグゼクティブ教育、セミナーの4つの教育分野で家族経営は見放さされているのが現状だ。

**日本に垣間見る先進国の将来

日本の高齢化は他の先進国に先駆けている。高齢化は社会保障費を維持する一方、若者の職を奪っている。また長年にわたる低金利政策で国の国債費は25%にも達し、金利上昇に弱くなっている。移民も高年齢化した国では難しいので、ケアロボットの導入が進められている。

unsettling 落ち着かない
glimpse 垣間見る